ことしはめずらしくよくかぜを引きます。
私は昔から冬に強く、春はまあまあ、初夏から夏にかけてだんだん弱く、真夏はとんとだめ。
秋がもっとも快調でそのまま冬に突入という次第。そんなわけで今頃の季節はまあまあからだんだん弱くといったところの体調。といっても病気はめったにしなかったんですが、今年は春先から風邪を引きはじめ、なおってはぶりかえし、ねこむほどではないのですが何より困るのはかぜのせいでハナがやられにおいが鈍くなり、それに味がよく分からない。
これは実に困ります。ものの味が分からなくなるタイプのかぜだけはほんとに困る。
まず第一に食べる楽しみが半減以下。作る楽しみもかなりそがれるし、家族にいちいち「どうお?からくなーい?」なんてお伺いを立てなくちゃあならないなんてこの腕が泣きまする。
かぜがピークの時は塩からさがあまり分からなくなるのです。
甘さのほうがまだ少しは分かるのですが。しかし味がよく分からないということは何を食べてもおいしくないということであって、生きる楽しさの何分の一かは確かにうばわれます。
その中でただひとつおいしさを感じるものはコーヒー。
ゆえにひたすらコーヒーを飲みました。かぜ薬を飲みコーヒーを飲みという何日間。
とうぜん胃までおかしくなってまいりました。私ともあろうものが、かぜの数日間はとんとたべものに興味を示さずひたすらコーヒーを飲んでいたんですから……。
こりゃいかん、どうあってもなにか食べずんばと思ってある夜作ったのがワンタン、これならまあ軽いから…。
撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO
ワンタンといえばもう六年ほども前に出した私の本の中で"まぼろしのワンタン"というのをかいたらそれはそれは多くの人から問い合わせを頂きました。
まぼろしのワンタンの作り方をぜひ…ということでした。ワンタンなんてなんとなく頼りなげなたべものなのに好きな人がずいぶん多くて驚いたものです。
さて、まぼろしならぬ現実のワンタンの話。
近くの肉屋へ材料を買いにいったらあいにくワンタンは皮がなくてしゅうまい皮のみ。まあ同じことよとそれと赤身のミンチを買ってきました。
とにかく素朴なワンタンしか食べたくないのでにらとショウガをみじん切りにして豚ミンチと同じくらい入れてまぜ、それにゴマ油、塩、酒、しょう油で味つけしてワンタンの中身にしました。
スープはとりがらとかつおぶしに、ニンニクとショウガを一片づつ香りづけに入れてこっくりと煮こんだもの。別に今年の新わかめをたっぷり戻して入れることにしました。
ワンタンは別なべでゆでて器に入れ、わかめをほうりこんだ熱々のスープを注ぎ、きざんだわけぎを散らしてこしょうをパッパ。
味はやっぱりあまり分からなかったけど実においしく感じました。家族もおかわりを何度もするほどだからかなり出来ていたらしい。
これが「包まぬワンタンスープ」
撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO
なんとなんと、翌日、うそみたいにかぜがなおっていたんです。ハナもすーっと通ります。味も分かりそう。
かぜを引いたらだんぜんワンタンにするつもり。それも今かいたワンタンと一字一句ちがわぬワンタンでなければならぬ。しゅうまい皮にするかどうかだけちと迷うけれど、ま、これくらいはどちらでもいいでしょう。
とにかくワンタン以来今んとこかぜのぶり返しもなし。もしあなたもつゆ入り時のかぜでお悩みなら、今夜ワンタンになさっては?
小林カツ代 (1976年復刻掲載)
「お料理ショート・ショート」