連載14
作家の灰谷健次郎(はいたにけんじろう)さんのご自宅に仕事で伺うことになりました。
湯河原の山(?)のほうとのこと。きっとうちでは作務衣(さむえ)などを着てらっしゃるに違いない。
ならば素朴なかっこうで私ものぞみたい。
そうだ、良い服を思い出しました。
どこか旅した時買った黒木綿地に絣(かすり)もようのチャイナ風ブラウス。
幸い、ぴたりの七分丈黒無地木綿のパンツがある。
上下、着てみたらぴったりぴったり。
カヤブキ屋根、田園風景、いろりに、これならとけこめる。
小さいリュックをしょえば完璧!
ところが、当日待ち合わせたコーディネーターの青年N君、パリッとした服装で背広上下にネクタイまでしてる!
いやな予感……
駅からはタクシー。どうしてだかすぐに私は眠ってしまいました。
と、N君の声。
「さあ、着きましたよ」
「え? ここ? ここはどこ?」
まさかこの白い瀟洒(しょうしゃ)な家が灰谷宅?
「そうですよォ」
ええっ! カヤブキ屋根でないの?
それどころかまわりは田園地帯というより、高級別荘地の趣き。
それに、ぜーんぜん作務衣姿なんぞでない、しゃれた白シャツの灰谷さんの出迎え。
中に通されてまたびっくり。どの部屋もなんとモダンなこと!
灰谷さんとモダンな室内もとてもよく合ってる。
合ってないのは私の服です!
都会的な内装、灰谷さん、N君、カメラマンともまったく合わない。
とにかく仕事は無事に済み、近くで夕食をとなりました。
どうか高級日本料理とかでありませんように。
今からちょっと畑まで姿ではあまりに恥ずかしい。
幸い、小料理屋さんで掘りゴタツ。
やっとぴたっときました!
絣も七分パンツもお店にとけこみ、いくらでも食べられそう!
ところで、灰谷さん、料理は日常的になさるとのこと。
おいしそうな”ほたてと三つ葉の玉子焼き”を教わりました。
撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO
別にこの日、ドラマティックな何かがあったわけではありません。
でもなんだか心に残った一日だったのです。
灰谷さんは、優しく、正義感に満ちた人でした。
私共は長い時間、平和について語り合いました。
どんなことがあっても、人を殺してはいけないという原点に立っての対話でした。
早速うちで、ほたてと、三つ葉がたっぷり入った玉子焼きをつくってみました。
優しく、正義に満ちた味でした。
小林カツ代
出典:NHK きょうの料理 2004年4月号