日本の料理ってなんという欲ばり。世界のあちこちから取り入れて、はい家庭料理でございます。
ぎょうざもあれば煮物もあり、ハンバーグもあればカレーもある。これは近年の現象だなんて思っている人がいるけれど、とんでもない。明治の昔から日本人はどん欲に世界の料理を取り入れているのです。
鎖国時代があってすら食生活にこれだけの影響を受けているのですから、もし、あの悪政がなければ、私たちの食卓は今よりもっともっとバラエティ豊かになっていたことと思いますよ。
四方が海にかこまれた島国の幸せ。様々な国が様々な料理を持ちこんでくれたんですね。なのに、どうして食器は今もって和食器、中華風のもの、洋食器という風に分かれているの。おかしいよね。料理は食卓で混然と一体になり、ごはんと酢豚と野菜サラダとか、ごはんとハンバーグと中華サラダとわかめのみそ汁とか、ごく日常的な献立に三ヶ国もの料理が。
日本人というのは、わりと閉鎖的でそう陽気な国民性ではないように思うのですが、こと、料理に関していうと、おもしろい人種だなァと。
欧米人に比べて、食べる量も多くないようだし、昔の食卓風景など、なんとなく陰気ィという感じがするのに、どうしてこうなんでもかんでも食べられるんでしょう。すごい柔軟性と好奇心と、いやしんぼうだと思いません?
そのおかげで昨日も一日、私は世界の料理を食べまくったのであります。
なんのことはない。朝は目玉焼きとソーセージとパン、昼はラーメン。夜はとろろとかやくごはんと魚の塩焼きと春菊のお浸し。そしてデザートにフランス風ケーキ。
ね、だから家庭料理の器を作ったのです。
撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO
一日でもっとも美しい夕暮れの空をご存知ですか? 薄墨色にならぬうち、昼と夜の間仕切りのごとく、つかの間見せる青く藍く、透き通るような空になる時間があるのですよ。その色を出してほしかったのです。でもそんなこと松尾さんにお願いするのは焼きものではシロウトの私がいくらなんでも厚かましいと、いい出せずにおりました。
器の形だけでも一年もの時をかけて、もうぜったいこれだーといえるデザインが出来ていました。器の色というのはとても微妙で、料理を一段とおいしくも見せ、一段とまずくも見せるんですもの。
それにしても信楽の炎の味がま、松尾さんのご苦労はいかばかりだったか…この藍色。信楽焼には無い色なので、ほんとうにむつかしかったことでしょう。よく出して頂けました。以心伝心、私の思いが伝わって、見事な藍色の器が焼き上がってきた時の嬉しさ――。
日本の日射しによく合い、私は一日テーブルの上に置いて、陽の光による器の色の変化を眺めました。
松尾さんはサンプルにたくさんの器を焼かれましたが、そのどれもが、なんていうかうまくいえないないのですが、感性というのは生まれつきではないか、と感じるものなのです。
いやな色というのは一個たりともなく、まあまあというのさえなくて、すべてが商品になってほしいと思いました。やむなく今回は四色だけ売り出されることになりました。
基本デザインをした本人がいうのもなんですが、こんなに使い易い器はちょっと無いと思います。深さや厚みを何度も手でなぞり、「もう一ミリうすく」とか「こころもち深く」とか、われながらあきれるほど根気よくしつこく試作をくり返しました。そしてやっと焼くという、ほんとにほんとに気がついたら、世に出るまでなんと、三年もかかっていたのです。
でもね、だからこそ私、今、胸張ってるの。ていねいにして、しすぎることってありません。あの時ああすれば良かったという悔みが一切ない心地良さは、あたふたと作りあげたものでは味わえない後味の良さなのです。
夕暮れせまる色は、しみじみと魅入る美しさ。モノを作る上で、ぜったい無くしてはならないものは何よりも良心。こんなキザなことがサラリといえるのは、モノというのは、心が無いようで、実は作り手の思いのすべてを映し出し、それはこわいようで見事です。
今回、基本デザインから仕上げまで、器づくりで私がつくづく思ったことは、よく、人にはウソがつけても自分にはつけないとかいうけれど、モノにはウソがつけない。人には装飾的な言葉や笑顔ややさしい声の響きなどでついだまされるということもあると思う。逆に良心そのものの人が、ちょっとした言葉によって誤解されることもあるでしょう。
でもね、モノには良心が写しだされるのです。
ごまかしは一切出来ないのが実はモノなのです。料理と同じです。きちんとだしをとった煮物や汁ものはきちんとおいしい味がし、インスタントだしで作ったものは、きちんとそれなりの味がします。おなじだァ。何度もそう思いました。
いや実は、全てのものがそうなんですよね。モノづくりを初めてやって、良心という言葉を、これほど身をもって感じるとは、発見でした。
小林カツ代 (1993年復刻掲載)
「小林カツ代の読むだけで美味しいはなし」