KATSUYOレシピ

ある年の冬

連載19


娘が5歳の時「ママ、みみのなか、しんかんせんがとおってるみたい」。

えっ? これは変だ、母親の直感です。

評判の良い耳鼻科は、うちからかなり遠くて時間がかかりました。

びっくりするほどの人が待合室にいて、待つこと2時間。独りで留守番させるよりはと、4歳の息子も一緒です。

診察の結果は浸出性中耳炎。鼓膜の奥に水がたまるやっかいなもの、とのこと。

治療は幼い子にとって、それはそれはつらく、麻酔なしで鼓膜を突き刺し、奥にたまった水を出すのです。

痛さで泣き叫ぶ子の体を押さえるとき、代わってやりたいと思わぬ母はいないでしょう。

「明日も来てください」。

医師の言葉に体が固まりました。

この日もやっとやりくりして……。

私の仕事は生放送や収録など断じて動かせないものがほとんどです。

「はい……」と小さくうなづきつつ、予定表が頭にぐるぐる。

もし、私が行けない場合、夫はどうか……とか。

待合室に戻ると、「まりちゃん、いたかったんでちょ?」。

心配で姉を覗きこむ息子の声にハッとするほど、頭の中はそれだけ(明日の予定)でいっぱいでした。

暮れからの治療は年が明けても続き、寒風の中、子らと手をつないで行くとき、これからのまた痛い治療に向かう恐怖で娘の手は、氷のような冷たさ。

ぎゅっと握りしめながら、

「まりちゃんね、これからオモチャひとつもいらないから、おみみにいきたくないの」。

私を仰ぐ眼はもう涙でいっぱい。子ども心に歯を食いしばっている様子が健気で、私も心の中は涙つぼのようでした。

帰りはいつも真っ暗。息子が遠慮がちに、「ママ、ボク、おなかが、ちゅきまちた」。

私たちのような客のためか、医院のすぐ近くに、焼き鶏、唐揚げ、メンチカツ、コロッケ等々を売っている店が遅くまでやっていて、どれだけ私も助かったか知れません。

撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO

でも、小さい子を2人連れた母親があれこれ買う後ろ姿を見た人は、子育て中になんという親かと思ったことでしょう。

毎日毎日が時間と心の不安との闘い。4歳の息子にまで、バスと電車を乗りついで、診察券を少しでも早く出させに行かせたこともありました。

母親として、仕事人として、ほんとに苦しい冬でした。

しかし、この日々があればこそ“人にはそれぞれ事情がある”ことをほんとに身にしみて知ったのです。

小林カツ代
出典:NHK きょうの料理 2005年2月号

速攻焼き鶏丼
だれにでも、大急ぎでご飯を作らなきゃいけない事情がある時、あるんです。


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2024/05/05

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