夫の転勤で名古屋に住んだことがあります。行きつけだった八百屋さん、ご亭主はどう見てもハンサムとはいいがたい、頭のかっこうがナスそっくりの中年氏。
ところが奥さんの方はまだ二十代らしくてかなりの美人。
それゆえ、ご亭主が彼女を見るときの目はへの字が二つ並んだみたい。眉毛もへ、目もへ、まさに顔中がへへへへという感じ。ニンジンもダイコンもおっぽり出して「うちの奥方美人だろ、美人だろ」
奥方さまはご自分のことだと何度聞いても心地よいのか、ニタリニタリと上機嫌。
いつもながら、こちとらは野菜を選ぶひまもありません。
そのときふと、店の隅に無造作に放り出されてある大きな汚ならしい竹のかごが目に止まりました。なかには、濃い緑のブロッコリーがごっそりと山のように入っていたのです。
私はブロッコリーが大好きですが、このあたりではとんと見かけたことがありません。ましてや、かごいっぱいのブロッコリーなんて。大声をあげて指さしました。
「あれ欲しいんだけど、高いんですかァ?」
話の腰を折られたおやじさん、チラとかごに目をやりました。
「ああ、あれかね、どういうものか今日は仕入れがばか高くってなも。おまけに今日に限ってぜんぜん売れせんで、よかったら安くしとくだでね」聞けば、タダみたいな値段です。
「まったく失敗だわな、つぼみの方がええと思ったけど、こうも花がないと菜の花もきらわれるんだなも」
撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO
「菜の花?これ、ブロッコリーやわ」
「なんでやも、そのブロブロちゅうのは」
「ブロブロやのうてブロッコリー」
「へー、ブロッコリーねえ、菜の花じゃにゃーのかね。どおりで売れせんのだわ、そんな聞いたこともにゃあ菜っぱつかまされたんじゃあ」
「パパァ、またわけの分らんものと間違えてきたの?この前は、レタスがパーマかけたみたいだから、チリチリーっていうんだってにがーい葉っぱ仕入れてきたときも、ちょっとも売れせんかったのに」と奥方。
「あれはチリチリーじゃなくてチコリーとかいうらしい。ほんと、にがかったなも。それで奥さん、このブロッコリーはどうやって食べるんきゃあ」
「ゆでたものをマヨネーズで食べたり油で炒めたり、チーズぶっかけて天火で焼いたり……そうだ、カリフラワーと同じような食べ方でいいの、おいしいわよ」
撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO
撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO
撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO
「へー、カリフラワーねえ」おふた方、同時にうなづいた。よかった、カリフラワーはご存知でした。
「するとカリフラワーくらいの値がするもんかね」
おやこれは大変、おやじ殿だんだん商売っ気が出てきた様子。
ま、私へはお礼の意味もあってか、はじめの言い値どおり安く売ってくれました。
彼は早速サインペンで経木に何やら書きました。のぞくと、“ブロコーリー、緑のカリフラワー”とあります。
緑のカリフラワーとは少しインチキくさいけど、なかなかセンスがあるではありませんか。
そしてお値段はピーンと上がり、でっかいかごと共にブロコーリーはお店のど真ん中に移動しました。
小林カツ代
1976年3月 「お料理ショート・ショート」