いくつになってもお正月っていいですね。私は大好き。またひとつ年をとるなんていう人は相当古い人でありまして、現在は誕生日以外に年が増えることはないのであります。ことに大みそか、あれはいいです、本当に年が去っていくなあという感じがするんですもの。
近頃の人は手抜きをするとか、いろいろいわれていても、暮れの買物客を見ていると、やっぱりお正月というものをちゃんと迎えたいという人ばかり。たとえ出来合いのおせちを買うとしても、お正月におせちを食べる、という習慣は大事にしているんですものね。
ただ、一夜あけた後のお正月の雰囲気。これだけは昔とまったく様変りしてしまいました。私の子どもの頃は、元旦の朝は空気まで違っているように思えました。外へ出ればどの人もどの子も晴れ着姿。
それが今はどうでしょう、むろん晴着の人もいっぱいいるけど、そうでない人もいっぱい。ふだんのジーンズにヨレヨレの上着なんて人たちがざら。それらは貧しさからでなく、お正月なんて気にしない気にしないといったところ。
私は大阪の商家の生まれなので、ことにお正月は誰もが大事にしていました。
暮れにお店を閉じるとみんながいっせいに大そうじ。幼い私はただウロチョロするだけ。お店も家も全体的にうわーっと熱気が立ちのぼるようなんです。嬉しくてチョロチョロする私は、
「こいちゃん、どっかへ遊びに行きはったらええのに」
といわれたり。
夕方、店も家も見事にピカピカになります。台所だけはまだまだ忙しく、重箱やおわんを磨く者、煮炊きものをしている母など。
その内、店も台所もぴたーっと落ちついてきます。お煮〆も出来上り万端整った後、父と母は床の間を背に座ります。当時は大みそかになってやっと休むということだったので、店の者たちで帰郷する人はこの日から。独身者はすべて住みこみでした。そして奉公した年はふるさとには帰れないのが慣習でした。
「では行かせていただきます」(帰るべきところはお店だったのでしょうね。)
「気ィつけて行きなはれや、ご両親大事にしてな」と母。
「一年、ご苦労はんやった」と父。往復の汽車賃と金一封が祝儀袋で渡され、母からは両親への手みやげ。
「ありがとさんです」、いつのまにか大阪弁が上手になったぼんさんたち。(芝居などでは丁稚さんといってますが、ふつうは彼らのことをぼんさんといいます。)
「こいちゃんたちもええお年を……」
父母の横で姉と私も正座させられ、ぼんさんがあいさつにくる度ペコリと頭を下げます。どのぼんさんも新しい服を着ていましたが、夜行で帰るのにシワにならなかったのかしら。
中には一年以上奉公していてもふるさとに帰らない者もいました。とても貧しい地方から来ている人たちです。何と、おせち料理のために帰らなかったのです。母が采配をふるって作るおせちの数々が魅力で帰らないということでした。
手伝いの中にも帰らない人もあり、いつもにぎやかなお正月でした。結婚するまで、私は家族だけの生活というのを旅行以外には知りませんでした。でもそれはそれで楽しかったです。むろん楽しいばかりではなかったけれど、思い出というのは、なつかしさの方を多く残すものなんですね。
お正月の料理なんておよそ手伝ったこともなく、おいしい匂いの立ちこめる台所と、大掃除でてんやわんやのお店の間を浮き浮きと行ったりきたりの少女の日の私。
紅白歌合戦が始まると、父は決まってテレビを見ながらチビリチビリとやりはじめるのです。サカナには出来たてのおせちを少し。これが無上の楽しみだったと、生前話していました。母の作る煮〆は、色が美しく、そして少しやわらか。黒豆はぴんぴんに皮がはり、ふっくらと煮上っていました。
撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO
お正月だから食べるもの、黒豆もそうですよね。ふだんはめったに食べないし、そのほうが新鮮。わが家に伝わる“黒豆”の煮方、あなたもやってみます? ぜったい失敗しないんです。ついでに“きんかんの蜜煮”もお教えしましょう。
撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO
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■黒豆の甘煮の作り方 ※
材料――黒豆2カップ 湯(やっと手が入るくらいの温度、60度くらい)6カップ 砂糖120g しょうゆ小サジ1 塩小サジ1(ぜったいすりきり) 重そう小サジ1 さびた釘5本(たこ糸で一つに結ぶ)
湯の中にすべての材料を入れて一晩おきます。さびた釘は黒豆の色をよくするんです。別に害になるものではありませんから、あればぜひ入れたいもの。むろんきれいに洗ってね。
さて、一晩おいた豆は火にかけます。豆をおどらせたくないのでお皿でも落しぶたにします。なべは深いものほどいいでしょう。
中火にかけて煮立ったら水を1/2カップ入れます。これをびっくり水っていいます。豆をやわらかくするコツ。あとはもう一度煮立つまで中火にし、もうそれからはひたすら弱火。何時間もですよ。四、五時間かな。つぶれそうなくらいまで。
煮上ったら釘は出すこと。
時間はかかるけど手間はまったくかからないでしょ。することといえば途中で時々アクをすくうことくらい。
黒豆の煮汁はのどにいいんですって。私ものどの痛い時、うすめてのんだりします。
ぜったいに気をつけたいことは、黒豆を買う時、決して古いものを買ってしまわないことです。“新豆”と表示されていたら必ずそれを買います。
豆は、古くなるとどうしようもありません。虫がついたり、煮てもふくらみが悪いしでいいことなし。安ものにまどわされないこと。
ただ、“黒豆”というものと、“雁食い豆”といって、黒豆よりやや大きめのとがあり、雁食い豆のほうが少し値段が高いかな。どちらでも好きずきですが、私はふつうの黒豆のほうがなんとなくいいな。
■きんかんの蜜煮の作り方 ※
材料――きんかん きんかんの半量の砂糖
とっておきのはしやすめ。お正月と限らずきんかんが出てきたら作っておくといいものです。この汁ものどやセキどめにいいとか。
きんかんはよく洗ってヘタをとっておきます。カップに入れてみて、その半分の砂糖と、ひたひたの水を加え、30〜40分煮て、火をとめます。アクが出たらすくって。
私のやり方はゆでこぼしもしないし、はじめにタネとりもしません。でも、もっとも簡単なこのやり方が、実に素朴でなつかしい感じの蜜煮になるのです。タネなんか気にならないし、いきなり煮てもアクもないし、この煮方が一番好き。
※注釈:上の作り方は原本通り、小林カツ代氏が当時(昭和57年)書籍の為に書き下ろした縦書き200字詰め原稿用紙に書いたもの。横書きにはなっておりますが、当時の書籍に忠実に記載させて頂きました。画像をクリックして頂ければいつも通りのレシピも出てまいります。お好きな方をお使いください。
小林カツ代 (1982年復刻掲載)
「こんなとき、こんな料理、こんなお菓子で」